« アルミフレーム | メイン | 今年もよろしく »

2005年中国でのクリスマス

12月は中国での検品でブログ更新も暫し中断、クリスマスもシンセンで向かえ、帰国したら体調不良になっていた。自転車の生産は益々中国に移転している、現地のメーカーも得意な客先があり、大別して欧米向けと、日本向けは大きく違う、特に日本のバイヤーは英語・中国語でのやりとりは不得意なためか、日本向けを主体にしているメーカーでは日本語で商談は全て出来る。今まで勤務していた世界最大の自転車メーカーは国際企業を自負しているので、各国販売会社と本社の連絡は基本は英語であったのに。日本向け主体のメーカーでの仕事は自分の負荷は少ないが、果たして先方に伝わっているかは分からない。中国人と日本人が外国語である英語でコミニケーションする方がお互いに確認し合うし、ミスは少ないと感じる。
言った事が全て通じていると日本人は考えやすいが、ほとんどの国では言葉は同じ国でも通じないは普通の事だ、中国語の標準語は北京語だが、それぞれの方言があり台湾は台湾語、香港は広東語と言うが、上海には上海語が有るし、その近郊の昆山は車で1時間しか離れていないが昆山語がある、これは大阪弁とかの方言ではなく、日本語と韓国語くらい違う。 こんな国では言葉通じない人がそばに居るのは当然の事で「言ったじゃない」は通用しないのが世界の常識と考え方が良い。
日本向けは益々少量・多品種になって、開発まで時間も短く、商品のサイクルも短命になっている、当然メーカーの担当者の技量が重要であるが、そこは中国業務多忙になれば担当者を増やす、日本語を勉強した学生は多く、優秀ですぐに業務になれ、PCの扱いもオヤジの私より当然うまい。
今まではコミニケーションの問題で試作品等を日本で作る事も多く有ったが、優秀な担当者とネット環境の整備の伴い、試作から現地で十分になって来た。
 それにしても、クリスマスも無く働く、彼らのパワフルな仕事ぶりは成長する中国そのものだ。